PRODUCER TAKASHI EGAMI

合同会社 EGAHOUSE & COMPANY
株式会社 ゴウツゲストハウジーズ
株式会社 GPA

「ワクワクすること、一緒にやりませんか?」
ワクワクできる人を江津に一人でも多く増やしたい。
そのために自分ができることを10年後、20年後を見据えて仕事にする。

GO GOTSU special interview #11
 

 

今は実に多様な価値観があり、多様な働き方がある時代だ。職種や仕事の内容はもちろんだが、それ以上に「どんな風に働くのか(働きたいのか)」についても問われている。ひとつの会社に属し、できればわかりやすい業種で、長く働き、肩書きを持てれば、自分が何者かを証明できるだろう。しかしその一方で「この人は一体、どんな仕事をしているんだろう?」と思わず首を傾げたくなる人がいるのも今の時代だ。

2016年に東京からIターンし、江津で起業した江上尚(えがみ たかし)さんはその一人だ。江上さんの職業を一言で言い表すのは難しい。大きな括りで言えば「ビジネスプロデューサー」だが、自らゲストハウスのオーナーとして現場仕事をし、パクチーや葉野菜を生産する農家でもあり、プロジェクトマネージャーの顔も持っている。様々な案件でアイデアや企画を作るのも仕事だ。しかし、「すべて本業」と江上さんは言い切り、「ワクワクするかどうか。」や「ワクワクするには誰とやるか。」に重きを置いた考え方を持っている。

国道9号線沿い、江津市浅利町。2016年にオープンした古民家型ゲストハウス「アサリハウス」に江上さんのオフィスがある。「江上さんの職業は一体何でしょうか?」という最初の問いからはじまり、最近の仕事や活動について話を伺った。

 

 

「グローバル人財の育成」に興味を持った原体験と、脱サラリーマンの転機となったビジネススクールでの学び


 

▲築130年を越える古民家をリノベーションしてゲストハウスとして活用。大人数でも対応できるフリースペースもある。

 

「江津に移住されてから既に数年経ちましたが、東京で働いていた頃はどんなお仕事をしていたんでしょうか?」

江上 尚さん(以下、江上さん):前職は東京で「グローバル人財育成領域」の仕事をしていました。「グローバル人財」という言葉は今でこそ一般化しましたよね。グローバル人財とは「世界を舞台に活躍する人財」という定義があります。そういう人たちを育てるにはどういう研修をすればよいのか、適した要件は何かといったことを上場企業や海外展開している会社の方々と一緒に考えて、仕事をしていました。具体的にはグローバル人財のシンクタンクで営業、広報、経営企画、出版や事業開発などの分野ですね。

「グローバル人財」というものに興味を持った経緯には学生時代にアイルランドに留学し、ヨーロッパをバックパックしていたことが原体験としてあります。日本と世界の接点をどうやったら作れるのか、日本人としての優位性・価値はどうしたら発揮できるのかといったことに興味があり、それ以降ずっと生業にしていました。

2013年にビジネススクールで学び直したいと思い、社会人大学院に入りました。そこでビジネスの仕組み、自分の存在価値、世の中への社会的インパクトを与えるにはどうしたらいいか、誰もやっていないことに挑戦するとはどういうことなのかを考える機会がありました。今思えば、これが脱サラリーマンの転機ですね。

「そのタイミングで江津を知る機会があったんですね。」

江上さん:サラリーマン以外にもプロボノ活動でNPO法人『二枚目の名刺』に所属していました。『放課後NPOアフタースクール』でのプロジェクトを担当したときの友人が『ソトコト』(2013年12月号)を見せてきたんです。「コミュニティデザイン術」という号で江津の駅前で起きていることが特集されていました。そもそも地方創生系のリサーチは普段からしていましたし、おもしろそうだから遊びに行こうよとなって、2014年のGW後だったかな、はじめて行ったんです。ちなみに江津に行く前の週にニューヨークにいたんですが、東京とニューヨークの移動時間と東京から江津に行く移動時間が同じだったのは衝撃でしたね。なんで国内の移動で13時間もかかるんだと(笑。

当時、「Yurusato(ユルサト)」というゲストハウスがあって(編集注:当時のYurusatoは廃業。現在は新しいオーナーが2018年秋よりYurusatoを運営している。)いろんな人たちがワイワイ集まって来て、知り合いがたくさんできました。その後数ヶ月に一度、イベントなどと合わせて江津に足を運ぶようになりました。

そうしているうちに、市役所の政策企画課の方からGo-Con(江津市ビジネスプランコンテスト)に出ませんかという話がありました。そもそも私はビジネスプランを考えることは日常的だったのでいくつかアイデアを出して、「ゲストハウスをつくる」というプランに決め、2015年12月の第6回Go-Conにエントリーし、大賞をいただきました。

「なぜ『ゲストハウス』というプランにしたんですか?大賞をとるまでの経緯を含めて聞かせてください。」

江上さん江ノ川流域は広域観光やDMO(編集注:観光物件、自然、食、芸術・芸能、風習、風俗など当該地域にある観光資源に精通し、地域と協同して観光地域づくりを行う法人のこと。)、つまり江ノ川を拠り所にして関連する市町が仲良く連携し、ゲストが楽しく回遊できるようにしたら経済が活性化しますよね、という仮説があって「川沿いに桜を植えよう」とかいくつかプランを出したんです。その中で手触り感があるプランとして空き家が多い、宿泊施設不足、さらに市内に複数のいい空き家物件もあるよということもあってゲストハウスのプランに決めました。

 

▲江上さんが手がける水耕栽培のパクチーの農場。農場長は原田さん(右)、佐々木さん(中央)も欠かせないメンバーだ。
(写真提供:江上さん)

 

アサリハウスができて数年経過した。ここを拠点にし、浅利町の住民の方たちとのコミュニティづくりに積極的だ。その活動についてお聞きした。

 

江上さん:コミュニティデザインを最初に作るのはとても大事なことで、「顔と名前を覚えてもらう」「自治会に加入する」「地域の行事、活動に参加する」「行政、町のキーパーソンとつながる」「メディアを活用する」といったことを愚直にやったということですね。

まず玄関先に置き書き用のメモ帳や飴ちゃんを置いて来客した人を可視化していったんです。メモが残っていたり、飴が減っていれば人が来ていたということ。お菓子のパッケージに自分の顔を載せて渡したりもしましたし、プロのカメラマンに昭和のアイドル風な写真を撮ってもらって配ったりもしました。こういうことを続けていると話題にしてもらえますし、覚えてもらえますよね(笑。浅利町には居酒屋がないので夏にビアガーデンもやりました。そうやっていくうちに地域行事に呼ばれたり、役割をもらうようになりました。

 

「おしゃべりしながら、手仕事しよう。みんなが集まれば、楽しい木曜日になる。」(アサリ工房)


 

▲写真左:夏に開催したビアガーデン。
(写真提供:江上さん)写真右上:アサリ工房で新開発されたカトラリーボックス。写真右下:華やかなコースター。

 

江上さん:毎週木曜日には「アサリ工房」をやっています。高齢者を対象に「おばあちゃんの手仕事品」を作ってもらうんです。アクリルタワシを作ったり、コースターを作ったり、最新作はカトラリーボックスですね。どんどんアイデアが出てきて商品開発されています。これを私が買い取り、私が販売しています。最近は活動が定着して、新しい方も入って来ています。

玄関先に煮物が置いてあったりとか「草餅作ったけど食べる?」みたいなことが今は日常的です。逆に県外からいらっしゃったゲストハウスのお客さんがくれた手土産を工房の皆さんで分けたりしています。それとパクチーをかなりの頻度でおすそわけした結果、最初は嫌いだったのに今では500円を握りしめて買いに来てくださる方もいます。「この人のために何かしてあげたいな。」と思えると自然にできることも増えていきますし、その輪の中に入れてもらえることがとても嬉しいですよね。

 

365日24時間をどう使うか。やっていることは「すべて本業。」


 

▲2018年夏、クラウドファンディングを活用し、苗場で開催されているフジロックに「石見食堂」を立ち上げて出店した。(写真提供:江上さん)

 

「江上さんの名刺の裏には現在やっていることがたくさん書かれています。(DIYリフォームアドバイザー®️、コワーキングスペース、旅行業、石見食堂、江津高校・江津工業高校魅力化プロジェクト統括プロデューサー、花火打上師、執筆、講演、農業など多岐に渡る。)主要な分野のことでもいいので具体的には何をメインに仕事にしているんでしょうか?」

江上さん:名刺の裏には色々と書いてありますが、「場を創る系」「シビックプライドを創る系」「ヒトを創る系」「賑わいを創る系」「未来を創る系」「食べものを創る系」というカテゴリーで分けられます。単に儲けようだけならこんな広くはやりませんし、一点集中します。田舎で宿をやるということだって本来のビジネスセオリーからすればやりません。でも、「場を創る」で括って考えると必然性が生まれます。

何かをはじめる時、私はふたつの軸で整理しています。「自分にとって初めてのこと」と「地域にとって初めてのこと」を自分のビジネスにしようと決めています。自分にとって初めてのことの判断基準は「ワクワクするか、しないか」「成長できるか、できないか」「仲間がいるか、いないか」です。「地域にとって初めてのこと」の判断基準は「必要か、不必要か」「プレイヤーがいるか、いないか」「仲間がいるか、いないか」で分けて考えています。

「必要か、不必要か」はマーケットがあるかないかですし、「プレイヤーがいるか、いないか」は二番煎じになるならやらない、ということです。やっている人がいるならその人がやればいい。ビジネスプロデューサーということで言うと「0から1(立ち上げ)はやるけど、1から10は別の人がやればいい」と思っているんです。仕組みを作るのが役割です。「仲間がいるか、いないか」については自分にはない経験値や知見がある人を巻き込めるかどうかということで考えています。これを踏まえて、今やっている色々なことは自分の中ではすべて本気だし、注力しているし、片手間ではありません。全部本業としてやっています。時間の使い方は365日24時間なのでどう配分するかですよね。

テコ入れというかパワーが必要なのは江津市の教育魅力化ですね。今、統括プロデューサとして活動しています。これはとても大事な仕事です。私は江津に移住しましたが、もっといいまちにする、いい社会にするために誰かが10年後、20年後を考えなければいけません。インフラ整備は行政ですが、私はずっと「育成」や「人材開発」みたいな事に携わってきているので、人の能力やマインドを活性化することに注目し、10年後、20年後のローカル人材にフォーカスしています。

となると教育なのかなと。たまたま(教育分野の)統括プロデューサーをやってくれないかという機会があり、「他になり手ががいないのでしたらお引き受けします。」と言いました。ちょうど1年が終わったところです。島根県内の公立学校は以前から『教育の高校魅力化』をやっていますが、遅まきながら江津もやっているんです。

 

 

市町全体の教育の魅力化事業という新しい展開、それらを統括プロデュースするという私の仕事


 

▲2018年8月、NPO法人キーパーソン21の皆さんを招いて「わくわくエンジン®️発見プログラム」を開催。(写真提供:江上さん)

江上さん:江津高校と江津工業高校の統廃合の議論があって、これはメリットもあればデメリットもあるわけです。高校の役割は地域の暮らしにとっても大切で、できれば統廃合して欲しくないというのが江津市と地域住民の意向でした。どうやったら統廃合を阻止できるのかですが、単純な話、定員割れを脱すればいいという話ですよね。定員を満たすためには中学生と保護者に対して高校における活動を周知、広報が大事ですよね、と。

広報するためのコンテンツがないとしょうがないので、1年目に関しては江津高校の情報発信の戦略立案をし、中学生にリーチするチャネルをつくり、コンテンツ開発、総合的な学習の時間でどういうことをしたら生徒たちがワクワクし、力がつくのかを考え、スマホアプリの開発とJPXの起業体験プログラム(編集注:起業体験プログラムは、小学生・中学生・高校生らに対して、「起業家」としてゼロからビジネスを立ち上げる経験を提供する体験型の教育プログラム。)を教職員と地域の大人たちが一丸となって1年生と2年生ではしらせました。その取り組みを1年続けたところ、8年ぶりに志願者数が定員越えをし、一応成果が出ました。

 

教育の”OS”として現場に”インストールする”『わくわくエンジン®️発見プログラム』


 

江上さん:では2年目、3年目の取り組みはどうなるのかですが、県立高校なので県の教育委員会や地域振興の意向が反映されます。来年度からは高校の魅力化事業だけではなく、市町全体の教育の魅力化事業について統括プロデュースする位置付けに変わりました。これは幼・保・小・中・高すべての教育魅力化のプロデュースをすることです。

私の方からは『わくわくエンジン®️発見プログラム』というものを小・中・高に「教育のOSとしてインストールする」ことを今年度後半(編集注:2018年度)から言い続けていて、来年度から導入する予算も確保し、江津市の教育委員会としてもこのプログラムをOSとして採用しようということになりました。今はここまで来ています。春以降、小・中・高でこのプログラムが始まります。

 

ワクワクしている市民が増えれば「創造力特区」に近づいていくんじゃないかと思うんですよね。


 

▲取材中の江上さん。やりがいを感じ、充実している日々を送っている雰囲気がこちらにも伝わってくる。

 

「『山陰の創造力特区へ。』というスローガンは、江津で仕事をし、江津で暮らす江上さんにとってどんな結びつきを感じますか?また、教育を通じて町の未来を考えていく中でどんな風に江津の町が変わっていくとよいと思いますか?」

 

江上さん:「創造力特区へ。」という考え方に私は凄く共感しています。今はよそから来た人たちが江津を掻き回している感じがあって、徐々にですがここで暮らしている人の行動も変わってきている感じはあります。でももっと加速化させたいと思っているんですよね。

よそから来た人たちが掻き回していて、それが注目を集めているというか、地元の人たちに熱が伝播していくのは、よそから来た人たちがワクワクしているからということに尽きると思うんですよ。じゃあ何でワクワクしているのかというと、自分がやりたいことをやれているからだと思います。では、やりたいことがどうやったら見つかったんだろうということを突き詰めていくと、何かしらの方法を繰り返して見つけているんだと思うんですよね。

そこが今までは可視化できてないのかなと。またこっちに話を戻すと(笑、『わくわくエンジン®️体験プログラム』はコーチングの手法ですが、専門の人ではなくて普通の人でもわくわくエンジン®️を自分で見つけられるし、誰かに(見つかるように)やってあげることもできる。今後江津に広めていくことで結果的にワクワクしている市民が増えれば「創造力特区」に近づいていくんじゃないかと思うんですよね。

 

いくつもの肩書きやジャンルの仕事を持っている江上さん。移住後、ここ数年間に起きたことはおそらくたくさんあるはずだ。Go-Con大賞受賞のことや、ゲストハウスができるまでの経緯や体験談、パクチー農業のことやビジネスプランニングなど聞きたいことはあまりにも多い。都合上、すべてを聞くことはもちろんできないが、教育と江津の未来、わくわくエンジン®️体験プログラムが市内の学校に導入されるまでの直近の活動は興味深く、大きな可能性も感じた。 

ご存知のとおり、江津市は人口が少ない。それはプレイヤー不足を意味し、頭脳不足も露呈する。もっと新しい価値観や様々な知見が必要なのかも知れない。「ゲストハウス屋さん」でもなければ「パクチー屋さん」でもない江上さんが活躍の場を広げていくのは、この町にとって必然の流れなのである。

 

GO GOTSU! special interview #11 / PRODUCER TAKASHI EGAMI