高齢者の方々に元気になってもらいたいんです。美容を通じて綺麗になって人に会いたくなったり、誰かと話したくなったりとかしますよね。そういう気持ちになってもらえることが、訪問美容で出来るんじゃないかとすごく思って、この仕事をやっているんです。
〈Vol.23〉2026年3月12日
秋山 俊光さん
ー Toshimitsu Akiyama
ー 訪問美容「風」
代表/トップスタイリスト
取材・文・写真
戸田コウイチロウ〈GO GOTSU.JP編集部〉
埼玉の上尾の美容室で働いている頃のことなんですが、「最近、あのお客さん来てないな」と思うことがあったんです。主な理由は高齢化です。外出もままならないんですよね。そういう人のもとに行ってヘアカットしてあげられないかなと思ったんですね。
中国地方最大の大河と言われる江の川は中国山地の水源から194キロ、多くの支流が集まり日本海へと注がれる。中国地方を貫くように流れる江の川沿いにある江津市桜江町。農業が盛んなこの地域は秋から冬にかけては幻想的な川霧に包まれ、水と緑が織りなす、中国地方らしい原風景と言える。独特の気候と清らかな水は桜江を特徴づける特産品である「桑の葉」などの栽培に適し、近年は米やごぼう、大麦若葉、大豆などを有機農業や自然栽培で行う生産者の活躍も注目を集めるようになった。
そのような豊かな里山の幸を育む源となっているこの地域で訪問美容「風(かぜ)」を開業した秋山俊光さんにお話を伺う。秋山さんは埼玉県上尾市からIターン。25年以上に渡って理美容業界に身を置き、スタイリストはもちろん、店長やエリアマネージャーを経験するなど十分なキャリアを持つ。その後、独立を機に江津市桜江町に移住。高齢者や障がいにより外出が困難な方への出張カットや理美容サービスを提供する「訪問美容」を事業としている。念願だった田舎暮らし。移住から10年以上経過し、今も尚、地域に寄り添いながら高齢者の「ヘアカットデザイン」を続けている。
▲秋山さんおすすめの高台(日桜ロード)から見た桜江町の集落の一部
埼玉県から江津市桜江町への移住ということですよね。そこまでの経緯を聞かせてください。
秋山さん:埼玉で育ちました。美容師の仕事は埼玉県内で18歳の頃からずっと続けています。40歳を超えた頃に江津にIターンしました。2015年度の江津市ビジネスプランコンテスト(以下、「Go-Con」)に出場したんですが、既に訪問美容という事業で起業はしていました。移住のきっかけは江津に縁もあり、田舎暮らしをしたいこともあったからです。あんまり遅くなっても(高齢になっても)な、というのもあって、いいタイミングでしたね。ここで訪問美容業をするということまで、きちんと決めていたわけではなく、どちらかというとあまり考えていなかったくらいです。とにかく最初は「桜江、いいな」とそれだけです(笑)。地域おこし協力隊にも応募していたんです。合否は移住してからだったんですが、見事に落選しまして(笑)。そういうこともあって、じゃあ改めてやりたかった訪問美容を仕事にしようと、移住後3ヶ月の間に決断しました。
訪問美容をご自身の事業にしようと思ったのはなぜですか?
秋山さん:上尾の美容室で働いている頃のことなんですが、「最近あのお客さん来てないな」と思うことがあったんです。主な理由は高齢化です。外出もままならないんですよね。そういう人のもとに行ってヘアカットしてあげられないかなと思ったんですね。色々と調べてみると「訪問美容」というものがあることを知りました。勤めながらだったんですが、休みを使ってそういうお客さんのところへ行ったり、(ニーズがある)施設などにも行きました。全てボランティアで始めました。ただ、将来的には事業になるのではないかと思っていたんです。その当時の店舗で小さな部署を作って後輩たちと動き始め、社内で本格的な事業にできないかと調整したんですが、そこは上手くいきませんでした。もちろん桜江に来てすぐに事業化できるとは思っていませんでしたが、高齢化率は高いのでチャンスはありそうだなとは思っていました。ただ、地域はあまり家や人が密集していませんよね。都会は、人が多いのでやりやすさはありますが、こっちは見ず知らずの者が急に店を構えたところで果たして来てくれるのかなと。店を構えるのではなく、自分から行った方がいいのではないかなと考え、このスタイルに決めました。
ゼロからのスタートですね。どうやって顧客開拓していかれたんですか?
秋山さん:知り合ったばかりの地区の方々や、地域のコミュニティ交流センターに行って事業の説明をさせてもらったりと、少しずつ身近なところから始めていきました。初めの頃のお客さんは月に一人とか二人です。空いた時間はチラシを作って配ったり、空き家で体験会を開催したこともあります。実際にシャンプーしたりカットしたりするんですが、これに結構集まってくれたんですよ。その頃はもう、死にもの狂いでやっていましたね(笑)。その頃に商工会の方に「Go-Conがあるから出てみない?」と声をかけてもらい、出場しました。(※編集部注:秋山さんは予選を通過し、結果優秀賞を獲得)そのおかげで結構いろんな人に知ってもらったと思います。シャンプー台や仕事道具などが必要だったんですが、補助金を受けることもできたのでとても助かりました。
Go-Conに出た当時(2015年)に一度だけチラシを作って撒いたことがあったんですよ。それから7、8年後に「チラシを見て電話しました」という方がいたんです。その問い合わせにとても驚きました。
「江津の行政との距離感」や「まちが新しいことをやる人を応援してくれるような風土」ということはインタビューさせていただく皆さんと、よく話題になっていました。都心部から移住するIターン者と行政がどのような関係性をつくれるのか。起業しようとする方を様々なカタチで後押ししてくれる仕組みは決して当たり前ではないと思っているんですが、この点において秋山さんは当時どんな風に感じましたか?
秋山さん:移住当時は行政の方しか知り合いがいなかったんですね。当時の江津市の地域振興課の森脇さんが空き家を紹介してくれたんです。それから、いろんなことでとても良くしてくれたんですよね。商工会と繋いでくださったり、江津市の「取り組み」や「仕組みのこと」や「人」を色々と教えてくれました。当時商工会の青戸さんも、とても親身になって考えてくれましたし、江津の行政の方々には色々と助けてもらいました。
ここまで訪問美容のお仕事を続けられて、あっという間の10年ですね。商圏は桜江町だけですか?
秋山さん:事業の範囲は石見地方全域で、主に施設だと邑南町、川本町、そして江津市・桜江町です。個人で呼ばれる場合は浜田市や大田市まで行っています。10年やってみて今の手応えとしては、人との繋がりが大事なので、施設でも一度繋がりができると信頼関係でずっと続いていける強さはあります。一方で、僕の中のイメージではもっと個人の方と接点を持てると考えていたので、そこはまだまだこれからですね。チラシを撒くにもお金がかかりますし、どうしたら個人と方と繋がりを作れるかについては手探りです。
でも思い出すのは、Go-Conに出た当時(2015年)に一度だけチラシを作って撒いたことがあったんですよ。それから7、8年後に「チラシを見て電話しました」という方がいたんです。その問い合わせにとても驚きました。チラシを大事にとっておいてくれる人もいるんだということですよね。何件かこういうことがあってチラシはやっぱり絶大な効果なんだと思いました。SNSも大事ですが、当時、地域の方からも「地域の人は新聞やチラシも見るよ」と言われました。
▲(写真左)事業を紹介する広告を自作し、高齢者施設を中心に掲示してもらっている。(写真右)お店の広告チラシ。
※施設と個人宅では料金が異なります。
訪問理美容は、現在の日本において「超高齢社会のインフラ」としての重要性が高まってる。地方都市、過疎化著しい地域は尚更だ。単なる散髪、シャンプーのサービスを超え、QOL(生活の質)の維持や精神的なケアを担う側面も求められているからだ。「髪を整える」という行為は、外出が困難な方にとって大きなリフレッシュにもなり得るし、それが認知症の進行抑制や、生活に対する意欲(自尊心)の向上に繋がることが医学的・心理学的にも注目されている。また、車椅子や寝たきりの方を理容室へ連れて行くのは重労働であり家族の負担を軽減する「レスパイト(休息)」としての役割も大きい。例えば松江市では、利用回数は最大で年6回まで、利用料金は上限2,000円までという条件で訪問理美容サービス事業を公的に実施している。
訪問理美容に就く人に顕著であるのは「社会貢献」や「対人支援」に価値を感じることや、店舗での効率重視の接客よりも、一人ひとりと深く向き合いコミュニケーションを取ることで得られる幸福感や、やり甲斐を感じる人が多いことだ。介護資格(初任者研修など)を併せ持つ理容師も増えており、福祉の視点を持って仕事に取り組むプロフェッショナルが活躍するケースも全国で見られる。このような点についても秋山さんはどういう視点を持っているのかお聞きしてみたい。
秋山さん:若い人でも引きこもりってあるじゃないですか。何かがきっかけで、また元の生活に戻ったりします。高齢の方も外に出なくなると、どんどん家の中にしかいなくなってしまいます。そうすると髪の毛を気にすることも忘れて伸びっぱなしになってしまいますよね。この地域にはコミュニティ交流センターがいくつもあるじゃないですか。そういう場所でワイワイやったらいいなと思っています。 要するに高齢者の方々に元気になってもらいたいんですよ。美容を通じて綺麗になって、人に会いたくなったり、誰かと話したくなったりとかしますよね。そういう気持ちになってもらえることが、訪問美容で出来るんじゃないかとすごく思ってこの仕事をやっているんです。
それを実感することがあるんです。訪問美容に伺った最初は、ちょっとどんよりした雰囲気があるんですね。「鏡なんて見たくない」という風に言ったりね。でもカットした後に「どうですか?」なんて聞くと、自分で鏡を持って笑顔になったりして。もう表情が全然違うんですよ。それに僕はもう、こんなに変化があるんだって感動しちゃって。施設でも人が多い場所だと、あまり話さないのに個室に移って1対1になると途端に話しかけてくれたりする方もいるんですよね。昔話の中で髪型の話なんかになるともう(話が)止まらなくなるくらいで、こっちが話すことなんてないくらいです。ガラッと変わるんですね。ああ、本当は元気な方なんだなって安心します。お互いに「ありがとう」という気持ちになり、お互いが嬉しくなるというか、そういうきっかけを作る仕事なんだなって思いますね。店舗型で来てもらうスタイルだけだったら、こういう気持ちにはなっていなかったかもしれないですね。お客様が心の底から「ありがとう」って言ってくれていると感じています。
僕は話をするのも話を聞くのも好きです。先ほど言ったような、相手の話が止まらなくなるような雰囲気がその場で作れたら「勝ち」というか、そういうことだと思っています。
▲秋山さんの仕事風景。ヘアカットする前と後のお客さんの反応が仕事の面白みだ(写真:秋山さん提供)
少子高齢化が進むこの地域で、この先も事業を進めていく中で心配していることや課題に感じていることはありますか?
秋山さん:訪問美容のサービスを知らない人もまだまだたくさんいます。先ほども言いましたが、そういう個人の方々とどのように接点をつくっていくかが課題です。第二次ベビーブーム(※編集部注:1971年/昭和46年〜1974年/昭和49年の約4年間に生まれた団塊ジュニア世代)世代の僕らはボリュームがありますよね。僕の年齢ももちろん上がっていきますが僕がいる世代までは大丈夫かなと思っていますし、まだまだ需要が増えていく可能性の方があると思っているので、先のことはあまり心配はしていないですね。心配する頃には僕も訪問美容を受けている頃かも知れません(笑)。
秋山さんの訪問美容の売り、特徴はどんなことがありますか?
秋山さん:僕は話をするのも話を聞くのも好きです。先ほど言ったような、相手の話が止まらなくなるような雰囲気がその場で作れたら「勝ち」というか、そういうことだと思っています。高齢の方と話をしたり、聞きながらコミュニケーションを取ることが僕の強みかなと思っています。それとやっぱり僕はカットするのが好きなんですよ。パーマとかヘアカラーももちろんなのですが、カットしてヘアデザインすることをお客様と共有することが楽しい。喜んでもらえたら嬉しいし、この仕事の好きなところですね。
移住当初は、特例として認めてもらえないかと色々働きかけたんです。市長に直接お話を聞いていただいたり、知事に手紙を書いたりしてね。そしたら「中山間地」として認めてもらえたんですよ。行動にしていったら変わるんだなと思いました。
訪問理美容には、理容師法・美容師法に基づく厳格なルールがある。原則として、理美容師は「保健所の認可を受けた作業場(店舗)」以外で施術してはならない。外出困難な高齢者・病気・怪我の方や自宅で育児や介護をしている家族、山間部・離島などの僻地、または施設に入所・入院中の方などの対象者の制限がある。訪問美容の範囲内ではあくまで「カット、パーマ、カラー、顔剃り、結髪、化粧」などの理美容業務に限定され、この範疇で業務を行う必要がある。この制限の中でどうやって事業を継続(顧客づくり)していくか、商圏を広げていけるか。とても大事なことだろう。
秋山さん:例えば横浜に特例がある地域もあるんですよ。大きな港があって船が多いので船舶の中ではやってもよいとかですね。あるいは東京には芸能(人や場所)がたくさんありますが、そういう場所では舞台現場でやっていいよとかですね。そういう特例があることを知って、例えば島根県の特例として、山間地で美容室が近くにないところには、コミュニティ交流センターなどの施設で訪問美容をしてもよいという特例をつくれないかなと思っていたんです。 このあたりの人は桜江町をあまり山間地と思っていないんですね。(※編集部注:島根県の条例で当時、桜江町は『山間地』ではないとされていた)僕はどう見ても山間地だと思っていたので、移住当初は特例として認めてもらえないかと色々働きかけたんです。市長や知事に手紙を書いたりしてね。そしたら「山間地」として認めてもらえたんですよ。行動にしていったら変わるんだなと思いました。
次の目的は周りに美容室がなく、けれどもコミュニティ交流センターには来ることができる方、つまり「集会所でサービスを提供できないか」というアイデアです。よしとしてくれる集会所もあれば、そうでない場所もありました。もちろん、それ以前にコミュニティ交流センターでは原則、美容行為(サービス)はできないことになっているわけですが、そこをどうにか変えられないかなと思っているところです。こういうやり方が必要と思ってもらえるのかを、いかに証明できるかが大事なので、そういう活動も今やっています。
▲車両に積んであった仕事道具を見せてもらい、撮影用にデモンストレーションをお願いした
田舎暮らしについても聞かせてください。移住して10年以上経過していますが、桜江町で暮らしながら今感じていることを聞かせてください。いい点だけでなく、そうでない点もぜひお願いします。
秋山さん:お店が遠いとかそういうことは、そうでない点なのかもしれませんが、すべて想定内なので特にデメリットみたいなものはないですね。メリットを求めて来ているので。まあ冬は雪がやっぱりね、きついですよ(笑)。関東では雪がほとんど降らないのでスタッドレスタイヤなんて履いたことがないんですけど、こっちはいちいち履き替えなきゃいけないのは面倒ですね。でも、家の前の草刈りや畑作業とかは好きですね。そういう時間の中でリラックスしています。汗だくの後にビールを飲んで「ああ、うまい!」っていう(笑)。美容師ってあまり動かないし、体力を使わないので草刈なんかは気持ちいいですね。
最後に恒例の質問になります。江津市が掲げるスローガン、『GO▶︎GOTSU!山陰の「創造力特区」へ。』についてです。生き方や考え方、働き方などすべてを引っ括めて考えたとき、秋山さんにとっての「創造力」とはどのようなことを指していますか?自分にとってのクリエイティビティを言葉に変換してみるということなのですが、自由な発想でかまいません。
秋山さん:移住する前に江津や桜江の情報を知れば知るほど興味を持ちました。とても羨ましく思っていたんですよ。いろんな事業をいろんな人がやっているんですけど、どの人も楽しそうにやっているんですよね。 自分がその当時持っていたイメージですけど、田舎って時間もたっぷりありそうで、仕事をしながら自由にいろんなことができたり、とにかくそういう雰囲気が伝わってきて羨ましく見ていました。その時の自分はね、朝早くから満員電車に乗って夜遅くまでずっとビルの中(店舗の中)にいたので、そういう記事を読むと「いいな、いいな」と、もうワクワクしていました(笑)。自分の好きなことを仕事にしながら畑をしたり、釣りをしたりとそういう働き方がいいなと思ったんです。
話は戻りますが、自分の好きなこと、それはヘアデザインと職業=核があることです。それを仕事にしながら田舎暮らしのいろいろなことを行い、(循環して)また自分の核に戻ってくるというこういうライフスタイル、ライフサイクルがとてもしっくり来ています。もちろん良いことばかりではないですが、その中でヘアデザインするという仕事の幅も広がったと実感していますし、知らないうちに自分の仕事に繋がることをしているんだなと感じていますね。そこに自分なりの「創造力」を感じるということですかね。
GO GOTSU! INTERVIEWS #24
TOSHIMITSU AKIYAMA





