リブート! 有福! #06

藤原 賢太さん(株式会社Argnai 代表取締役)
写真・文 戸田 耕一郎(GOGOTSU.JP 編集部)

【連載】その土地に住んでいる人たちが好きなったら、そのままその土地が好きになる。江津が好きになったのは、あの男に出会ったから。そして彼に引っ張られて僕は有福で新しい事業を展開する。

 

「座して死を待つよりは、出て活路を見出さん」
島根県江津市有福温泉町。言わずと知れた、江津に古くから存在している温泉街だ。 今、有福温泉が「再起動」をかけて大きく動き出している。GOGOTSU.JP 編集部による「有福、今どうなってる?」をお届けする連載6回目。

 

 

 

これからは「大きくて、手触り感のない今の仕事とは“完全に逆”へ行こう」と決めた

 

今回お話しを伺った株式会社Argnaiの代表取締役である藤原賢太(ふじわら・けんた)さんは温泉津(ゆのつ・大田市)で2022年夏にオープンしたゲストハウス兼バー『Soho(ソホ)』を経営している。この年の江津市のビジネスプランコンテスト『Go-Con』にエントリーし、最終審査会では見事『有福賞』を受賞した。(2022年度のGo-Conから有福町でのビジネス展開を条件とする有福賞が追加されている)藤原さんは今、有福温泉で新しい事業を計画しているのだ。

藤原さんはIターンで数年前から島根に拠点をつくり、活動をはじめた。東京でもバーを経営しているが、当初から「いつか宿もやってみたい」という想いがあった。どこでやろう、いつやろうと思っていた矢先、温泉津に縁があり、Sohoのオープンに至った。バーをやる前は飲食店や旅行関連の販売促進を手掛ける大手企業、株式会社リクルートに勤めていた。「じゃらん」や「ホットペッパー」といった部署に所属し、企画や営業などの経験をこれまで積んできた。地方創生に関わる業務や自治体への出向経験もあったことから地方都市で事業を行う魅力にも早くから気づいていた。

大都市東京での日常。デスクワークが多く、いわゆる「手触り感がない仕事」に疑問を感じ始めたこともあり、次のライフステージを求めるようになった。それならば「大きくて、手触り感のない今の仕事とは完全に逆へ行こう」ということを決め、まずは自分でバーを経営することからはじめようと動き始めた。同時に事業の中でやりたいことを2つ決めた。ひとつは「日本好きの外国人を増やすための事業であること」そして「地方の良いものが残る手伝いとなる事業」である。

 

 

 

「四六時中オフィスにこもって資料を作って会議をし、上司の決裁をもらって動かしていく仕事だったんですが、あまり世の中との繋がりはないと思っていました。インターネット宿泊予約のようなサービスは、ある程度成熟した業界でもあったので、この先はシェアの取り合いなんですよね。これはもう世の中に価値を出していないぞ、役に立っていないぞと。そこから独立したわけですが、例えば町の内側だけのマーケットでシェアを取り合うのではなく、外から集客によって街が潤う仕組みって面白いなと考えるようになったんです。もちろん個人で旅行へ行くのも好きでしたしね。」

 

東京のバーを神保町にオープンしたのは2017年12月。海外客は全体の1割〜2割。少しづつ手応えを感じつつ、東京オリンピックを前に期待値は上がっていた。お客さんが近いところから来てくれている実感がないことを疑問に思い、調べてみると半分以上が銀座や有楽町からのお客さんだった。2019年6月、銀座にバーを移転した。

 

「スキモノの平下君は自分の町をいかに好きか、ことある度に口にしていた。そんな彼が眩しかったというのはありますね。」

 

移転するにあたり、新店舗の設計が必要でコンセプトと照らし合わせたときに「日本らしいデザインで、かつ古材を使ったもの」というイメージがあった。大手広告代理店に勤める古くからの友人に相談したところ、江津市のブランディングの仕事をした過去の経験からスキモノ株式会社の平下茂親さん(本連載#04)を紹介してくれたという。その縁でデザインを依頼し、そして同世代ということで仲良くなり、その後島根にも遊びに行く間柄になったという。

 

「平下君に関しては、あ、この人は信用していいなと思えたんですよね。独立して以降、信じちゃいけない人もいるんだというのをちょっとずつ学んでいた頃だったんですが、(苦笑)彼は町への想いとかよく口にしている人なので、そこへの共感というか。。。これまで地方創生に関わる仕事をしたこともありますけど、僕自身が地元に対する強い思い入れというのがあまりなくてですね、彼はそこを口にして事業として形にしているというところで眩しさのようなものがあったんでしょうね。その眩しさが信用につながっているんだと思います。」

 

 

▲近年移住者が増え、宿や飲食店が増えたりと注目される大田市温泉津町

 

藤原さんにとって「土地への愛着」とはそこに住んでいる人の「奥」に感じるという。わかりやすく言えば、その土地に住んでいる人たちが好きなったらそのままその土地が好きになる、好きな人がいなければその町を好きになることはない、そういうことだ。

まだ江津に知り合いが多いわけではないが、もし「江津の好きなところは何?」と聞かれたらその答えは「市役所の人」だという。経済部門の方々が常に「前のめり」で接してくれることに民間事業者として心強く感じている。 リクルート社のサラリーマン時代、出向で地方の観光振興の部署にいた経験からそのあたりの人がもつ“温度”というか感触はわかっているつもりだが、「そこと比べても江津には素敵な方が多い」と感じているようだ。今や「人の魅力=町の魅力」という図式に異を唱えることはできないだろう。江津の真の魅力もきっとそこにあるのだ。

コロナ禍の真っ只中、藤原さんは西日本の旅に出た。島根に立ち寄り、スキモノにも足を運び、温泉津温泉で活動する人々や現地でしか感じることができない町の盛り上がりも体感した。その際に温泉津で事業拠点を作ろうというイメージが持てたという。(その後、ゲストハウス「赭 Soho」をオープンすることになった。ちなみに「赭(そほ)」は赤土の色を指す古い漢字。石見地方を象徴する色である石州瓦の赤土色にちなみ施設の名称にしている。)

Sohoオープン後、「有福温泉でなにかやろうよ」と誘ったのは平下さんだった。「そのときは全くそんな余裕ないです」と言いながらも、明らかに興味を持ち、気持ちが「前のめり」になっていたことは自分が一番よくわかっていた。「(お世話になっているし)そうですね、やりましょうかね」という回答を出すまでに長い時間は要しない。こうして今度は有福でも新しい事業をはじめることが決まった。すべては平下さんとの関係性から生まれていったのだ。

 

「僕が有福でやろうとしていること、それは有福を『屋根のない、スーパー銭湯』と見立てることから考えています。温泉に入るだけでなく、入った後に休憩できる場所やそこで簡単な飲食ができたり、寝転がって漫画が読めたりだとか、テントサウナがあったりだとか、そういうサービスがある施設を作りたい。受付を済ませた方に専用の衣類に着替えていただき、自分のところはもちろん、そのまま外湯を使えるチケットをつけて外湯を楽しんでもらえたりと、町内の事業者さんたちと連携した仕組みが作らたらいいなと思っています。

 

2024年度中にはオープンさせる、という計画でプロジェクトは現在進行中だ。温泉津で事業を展開している藤原さんが感じる有福の印象は、やはり温泉津同様に「コンパクトである」ということ。衰退した温泉街を復興させていく、という意味合いでは温泉津も有福も共通していることがいくつもある。藤原さんが持つ方法論は「広いところをちょっとづつやるというよりは、狭いところ(ピンポイント)に集中してやっていくほうがいい」であり、それを勝ち筋だと考えている。有福もそれがしやすい環境にあるので勝機への手応えを感じているのかもしれない。

近年、温泉津が元気を取り戻しているその様は誰が見ても明らかである。この5年間にゲストハウスや宿泊施設を全部で7軒開業している女性を筆頭に、実力と実績を兼ね備えた都市部からのIターン者が続々とお店や事業を立ち上げていくこの新たなモメンタムは大きな注目を浴び、今日の温泉津を特徴づけている。小さなエリアが活気を帯びていくプロセスには新しい風を吹かす「Iターン者=よそもの」の力が不思議なケミストリーを生み出す。温泉津然り、有福然りだが、藤原さんはこの一連の新しい動きを当事者としてどんな風に見ているのだろうか。

 

 

Go-Conにある『人が人を呼んでくる』という考え方、そこにはとても共感できた

 

「温泉津に関しては、まちづくり活動を行なってきた個々のプレーヤーが人としてとても魅力的であり、そのうえ外から来た人に対してとてもオープンである、というのが大きいと思います。温泉津の人に魅力を感じた人が他所からやって来て自分もここで何かやってみようと思う。つまり移住して店舗をオープンしたり、事業を始めたりと。」

「正直僕は、まだ有福のことがわかっていないですが、平下茂親くんに引っ張られているのは事実です。これは彼の個人としての魅力ですよね。それに引き寄せられて、僕は新たな事業をしようとしている。有福も一緒でそこに魅力的な人がいるかどうか、これがとても大事なんじゃないかなと思います。その地に思い入れのある魅力的な人が新しい人を呼び巻き込んでいく。そうでなければ町は変わっていかないんじゃないかな、という気がします。Go-Conにあるように『人が人を呼んでくる』そこにはとても共感しています。」

 

2022年度のGo-Conにエントリーした理由も「平下君が出たらいいよというから」と言って大きな声で笑う藤原さん。結果は見事に「有福賞」を受賞。とてもいい流れで有福事業のスタートを切ることができた。Go-Conに関わっているアドバイザーからも数々の助言をもらい、事業プランが整理されたことも大きなメリットになった。有福で事業を進めるモチベーションはどこまで行っても平下さんとの関係が大きいという。「彼も頑張るから、自分も頑張る」というシンプルな仲間意識のようなものかも知れない。

Go-Con後、関わる人たちの中には「本当にサウナが欲しい」「期待してる」という声を多くもらった。これは「がんばろう、いいものを作ろう」と身が引き締まる思いだという。

 

 

 

儲かるからやるという気持ちとはちょっと違う、むしろ自己実現のためにやる、という欲求である。儲かるからやる事業を「経済振興型」とするならば、それをやっていることこそ自分だと感じられる事業を「ライフスタイル型」と定義したい。

町をおもしろくする人たちの特徴はやはりライフスタイル型なのだ。楽しいからやる、やりたいからやるという、どこか説明のしようがないワークスタイル。今、有福に必要な人材はこのようなエネルギーとスピリットをもったプレイヤーなのだ。おもしろい人の周りにはおもしろい人が集まってくる。これもどうにも説明のしようがないのだが、現実はそうなのだ。

大切な仲間と「成功の蜜の味」をともに味わうような体験は、やり遂げた者にしかきっとわからないものであり、それは自分をより突き動かしていく力の原動力になる。こういったエネルギーがある方の話は聞いていてワクワクしてくるし、本当にそうなっていくような気さえしてくる。ゴールに辿り着くまでの方法論や事業は様々だが、向かう先は皆一緒なのだ。

ともにみんなで歩んでいこう、私たちはここで生きていく。
山陰の、小さな町の小さな温泉街の再生はこうやって少しづつ、ともに歩む仲間たちを集めている。

 

「有福はとてもいい湯があります。少しづつ町が動き始めている、この貴重な機会をぜひ見てもらいたいし、少しでも応援してもらいたい。そんな風に思っています。」

 

 

 

(#06 完)