リブート! 有福! #04

平下 茂親さん(有福温泉振興会 副会長 / スキモノ株式会社 代表取締役)
写真・文 戸田 耕一郎(GOGOTSU.JP 編集部)

【連載】宿泊施設を増やすことだけが目的にはならない。地元の人も有福に来たいと思ってもらえる魅力について考えたい。社員やプロジェクトに関わる人たちみんなでチャレンジと失敗を繰り返し、進めていこう。目標設定なんてしなくたっていい。

 

「座して死を待つよりは、出て活路を見出さん」
島根県江津市有福温泉町。言わずと知れた、江津に古くから存在している温泉街だ。 今、有福温泉が「再起動」をかけて大きく動き出している。GOGOTSU.JP 編集部による「有福、今どうなってる?」をお届けする連載4回目。

 

 

 

スキモノの仕事の基本概念、それは「リサイクルではなく、アップサイクル」という考え方。

 

連載4回目は建築デザイン会社のスキモノ株式会社(以下、スキモノ)の代表取締役である平下茂親(ひらした・しげちか)さんにお話を伺う。2022年に創業10周年を迎えたスキモノは、創業当時は数名ではじまった会社だった。ところが今や20名を超える従業員を雇用し、この会社に就業するためにIターンしてくる若者も多い。古民家再生、とりわけリノベーションを当初から専門分野とし、約9年前につくられた江津初の古民家リノベーション型ゲストハウス『Yurusato(ユルサト)』の衝撃は今でも当時を知る者の間では語り草になっている。なにもなかった町に「はじめて見るような建築空間が誕生した」そのインパクトは計り知れないものだった。

先に「建築デザイン会社」と記したが、現在の平下さんは自社のことを「建築デザイン会社」とは言わなくなった。というのも今回有福で新しく自社ではじめたホテル事業も含めて、現在の立ち位置はその範疇にないことに加え、地域にある資源や古くなった木材を加工して新たな生命を吹き込み、家具や建築に活かしていく「加工業」と自社の現在地を表する。地元においてはデザイン工務店といったわかりやすい表現に落ち着くが、平下さんの頭の中はちょっと違うのだろう。

古民家をリノベーションすると言っても創業当時、多くの方がリノベーションされた古民家など見たこともなかったし、一体どういうことなのか理解できなかった。ましてやそれが新星の建築会社。商売になるのか、ゲストハウスの運営(これはスキモノではない)ができるのかということも含めてすべてが未知の領域だったと言っていい。

しかし、カタチ(実体)が見えると人の見方は180度変わるものだ。まさに見たらわかるということだった。並行して古材を使った家具や、藍染を施したファブリック(布製品)など、とことん「手仕事」「反大量生産主義」「地域の資源、地域の材を使うこと」「この土地ならではのものづくりとはなにか」に一貫してこだわってきた。 以降、県内だけではなく、県外からも依頼が増え、今や江津の中でも貴重な建築産業、ものづくり産業の一端を担っている。 そんな会社がスキモノであり、この有福再生においては直営によるホテル事業を立ち上げた。その名は『Showcase Hotel KASANE(ショーケースホテル カサネ)』だ。ホテル開業の話はもちろん、振興会の副会長を務める平下さんにその想いや、今考えていることを伺っていこう。

 


「うちの会社は端的に言うと、地域の自然の中にある資源をものすごく人が感動するものに変えるという、『加工業』というのが一番わかりやすいかなと思います。世界のいろんな工場で大量に作られている製品がたくさんあると思うんですけれども、そういうものは使わずにできるだけ近くにあるものを使い、この地域にいる設計者やデザイナー、大工さん、縫製作家、土を加工して製品づくりをする窯業や和紙を作る職人さんなど、そういった人たちが想像力を巡らせて作ったものを製品やサービスとして生み出しているような、そんな会社です。」

 

具体的には建築事業、特に古民家を改修する事業が多い。言うまでもなくこの地域一帯は古い家屋、使われなくなった建物、そして空き家が多い。そういう場所からもう一度魅力を引き出して空間を生まれ変わらせるということをこれまで島根全域に渡って数多く手掛けてきた。スキモノの基本概念として、建築設計にせよ、家具づくりにせよ、「リサイクル」の考え方ではなく、「アップサイクル」という考え方がある。

リサイクルというのは「原料に戻す」ことがポイントだが、アップサイクルとは製品をそのまま使用しつつ、手を加えることで新たな製品を作り、そのものの価値を上げていく考え方だ。(類義語として「リメイク」がある。)破棄されるような古材を加工して家具を作ったり、そこにさらに布というマテリアルを加えて椅子やベッドやソファ、ダイニングテーブルなどを作ったりと今や製品ラインナップもかなり充実してきている。創業以来ずっと根底にあるのがこの考え方だ。地域のある資源をまるで宝の山のように見直し、一手間加えることでより一層製品は輝きを増していく。

 

 

平下さんが10年ほど前にUターンして、スキモノを立ち上げ、このような考え方と事業をはじめたきっかけはものづくりの面白さに気づいたところから始った。本人は自身の生業を「錬金術のようだ」と形容する。どこにでもあるような地域の素材、土だったり、使わなくなった瓦や古い木材といったものを加工することで今までなかったようなものが出来上がっていくこと、そしてそれをどこかの誰かが手に取って喜んでくれること、何より地域の職人たちが持つ高いレベルの技術とその腕から生み出されるクリエイティビティ、これらが組み合わされ、生み出されるもののプロセスに強烈な面白さを感じている。江津(石見全域)はまるで大きなキャンパスのような場所であり、故郷愛を感じる場所であり、豊富な資源を存分に活用できるこの土地でやることにこそ魅力があるのだ。そして今も尚、あくなき挑戦を続けている。

 

「いろいろなことをやっていて落ち着かない会社だなと思われていることもあると思うんですが、せっかくこの土地で暮らしているのに都会的なことを求めたり、買い物はアマゾン、家ではネットフリックスみたいな生活だけになると江津市民として面白くないなと思うんですね。」

「僕は生まれてから死ぬまで、ただじっと落ち着いていたいわけではないので、日々生きていく中で、これがないな、こういうものがあったらいいなというような『不満足』というかネガテイブな気持ちが膨らんで、その感情と比例して、それを変えたいというポジティブなモチベーションに変わっていくんですね。江津でなければきっとこういう風にやっていなかったと思います。」

 

創業10年目を迎え、初の宿泊事業が始まった。平下さんは「家の近所にいい場所、楽しい場所があることがいい」という物理的距離へのこだわりがあったという。自宅から有福まで車で15分ほど。「温泉津温泉(大田市)や美又温泉(浜田市)もいいけれど、ここが再生されたらいいな」というシンプルな想いだ。「有福がダメとか、インフラが悪いとかそういう話ではなく、また手間をかけたら再生するだろう。」という平下さんの話を聞くと、そこまで難しく考えていないように感じる。その結果、会社としてホテル事業を新設し、公私に渡って有福との関わりをつくっていった。

同時に江津市とスキモノの関係もあった。市には有福再生プロジェクトに関わる人たちは多く、「これ以上有福は放置できないだろう」「もう待ったなしだ」という状態だった。少しでも早く再生プロジェクトに着手し、活路を見出すためには信頼関係がある市内企業(それもきちんとやり切ってくれるという信頼関係)と組む必要があった。それをわかっているスキモノの判断も早かった。江津市が機会創出してくれることへの感謝の気持ちを平下さんは振り返りながら口にする。こうして行政と民間企業が自然と同じ会社の仲間のような関係になっていく。

ホテル事業経営に加え、有福温泉振興会の副会長もつとめる平下さんに現状の振興会でも役割やこれまでのところ、どんな風に感じているのだろう。

 

「(振興会は)みんな初めて会う方々ですよね。『ここで生きていきましょう』という目的がみんな一緒です。ここは元々湯町で温泉そのものが事業なので、みんなで併走できることでもあるんです。数ヶ月会って話していれば、それぞれがどんな方なのかわかってきました。イースター祭(2022年6月に有福で開催された、現在の有福をお披露目するイベント)のようなイベントを作ってみんなで汗を流せばチームの一体感は自然と生まれてきます。」

「一方で、まだ有福の地域のこともわからない新しい方も入ってくるので、それぞれに役割が持てて、よりプロジェクトに参画しやすい、コミュニケーションを作ることが大切だと思っています。これからも振興会を中心に、新しい人が入って来やすい環境を作っていくことが大切だなと思います。ホテル事業で言っても、ひとりがやったところで大したことはできません。KASANEも5部屋、15名程度なので、たかが知れています。みんなで協力しないとどうしようもない。だからこそ、『町全体をひとつの宿泊施設に』というコンセプトなんです。」

 

 

観光客のために場所を作るだけではなく、この土地の風土や歴史を楽しめる地元の人たちが味わい、体験しに来たいと思える場所を作れるかどうか。

 

平下さんはスキモノ経営然り、常にプロデューサー的視点を持ってきた。自社のホテルのことだけではなく、そもそも有福をどういうグランドデザインにしたらよいのか、という客観的視点だ。宿泊施設の計画や開業ばかりに注目が集まるが、近隣の跡市(あといち)、都野津(つのず)、江津市内、浜田東部エリアなど特に有福に泊まらなくてもいいような距離の人たちが、ここで時間を使いたいと思ってもらえるようなことができるかどうかが大事になってくると平下さんは続ける。

 

「観光客の人のために作るのではなくて、風土や歴史を楽しめる地元の人たちが味わい、体験しに来るといったことも大事なのではないかと思うんですよね。地元の人が来ない、観光客しかいないような場所というのはディズニーランドと一緒じゃないですか。(苦笑)地元の人が来れるような場所にすることにチャレンジするイメージを僕は持っています。」

 

先日、江津で育ち、今もこの町で暮らしている二十代の女性から興味深い話を聞いた。彼女は美肌効果をPRする広告ポスターに目が止まり、地元にある温泉に行こうと決めた。自宅から一番近い場所に有福がある。それまでは年に1度行くか、行かないか程度。曰く「山を登るような場所のイメージがあって」なかなか足が重かった。

ところが一度行った際に、温泉の方にやさしく声をかけられたり、「また来てね」と住民の方が言ってくれたことで印象が大きく変わった。夜の景観も綺麗で、今ではすっかりお気に入りの場所になり、入湯券を購入して月に何度も通っている。「美肌効果を感じるまで通ってみようと思ってます」「一人で行くのが贅沢でいいんです」と楽しげだ。「サウナもできるって聞きました。できたら絶対行くと思うし、まわりの同世代の友達たちもサウナ好き多いですよ」とこれからの有福にとても興味を持っている。

人は今まで無関心だった場所であってもなにかしらの関係性を持つことができれば、それ以前と全く違う印象をもつことができる。例えばその場所が自分にとって特別な何かを感じることができたり、新しい知り合いや人間関係ができたり、仕事をつくることでもきっと同じような気持ちになるだろう。そこに行く理由ができるし、誰かに会う理由ができる。平下さんがいう「近隣の人たちが有福に行こうと思える動機づくり」はこういうこともきっと含まれるはずだ。その上で地元の人たちに「有福、いいよね」と言ってもらえるようになること。これは観光客にとっても、市民にとってもなによりの宣伝効果があるだろう。

 

 

Showcase Hotel KASANEのコンセプトは『地域資源をプレゼンテーションするホテル』

 

ホテルに話を戻そう。ショーケースホテルという名前とそのコンセプトはスキモノの社員たちで考えたものだ。平下さんはこのホテルを「スキモノという会社が、この地域でやっていることの証」と表現する。

例えば三隅にある組子職人(くみこ・釘を使わずに細い木の桟を幾何学的な文様に組み付ける工芸技法のこと)の技術や、石見地方を代表する石州和紙(原料に楮・三椏・雁皮の食物の靭皮繊維を使用した和紙で約1300年もの歴史を誇る伝統的な産業)であったり、そして地域の木材で作る数々の家具や木工製品、このような歴史のある産業をスキモノはこれまで自社が手掛けた物件にいつも取り入れてきた。

地域に根付いた職人たちのものづくりの技術に実際触れることのできる空間にしよう、地域のプレゼンテーションができる場所にしよう、というコンセプトがこのホテルの最大の特徴である。そんな場所に県内・県外問わず、多くの方に泊まってもらい、ホテル、有福、石見地方、島根を感じてもらうような「ものづくり視点で地域プレゼンテーションするホテル」である。

地域資源とこの土地で生きる職人たちの誇りを表現したスキモノの哲学と思想が反映された素晴らしいコンセプトとネーミングではないか。この会社のアイデンティティに共感した人の中には、ここで働きたいと志願し、都市部から移住し、スキモノで働いている。人手不足が叫ばれている時代でありながら、自分たちはこの先なにを目指すのか、なにをやろうとしているのかをきちんと発信できれば必ず人はやってくると平下さんは確信している。

 

 

「ビジョンを持って、そこから逆算して行動していくというプロセスが面白くない、という性分が自分にはあって。モチベーションが上がらないんです。もっと直感的に『これしたい』『あれしたい』というパッションを優先していきたいと思うんですね。目標設定とか目標達成というのは『待てよ、社畜をつくるための仕組みなのではないかと思ってて。(笑)』

今日カレー食べたいと思ったら今日カレー食べたいじゃないですか。週間の献立みたいなものを作って、今日はこれ明日はこれ、そうすれば健康になりますみたいな話ありますけど、『そんなの絶対長生きせんわ!』って思いますよ。(笑)それと一緒で有福もトライしてエラーして、それを繰り返して見えてくるものがあるし、そういうのを大事にしたいと思います。」

 

計画を立てることはやっていること、やろうとしていることの道筋を仲間たちと共有することでもあり、わかりやすさや一体感が生まれるメリットがある。目的地に到着するために地図と思う人も多いだろう。ゆえに計画を立てない、目標を作らないことは、ときに混乱を生むことも平下さんは十分理解している。きっとこれまで経営者としてよかったことも、そうでないこともそれなりに経験したに違いない。それでも効率的に動けば価値が生まれるかといえば、そこにはクエスチョンを持っているとはっきり言う。

「人を感動させることって難しいんですよ。人が期待していることを超えていかなければいけないので。」と言う。超えるためにはやらなければいけないことがある。自身を「そこにチャレンジするマシーンのような毎日」と形容する。スタッフが増えてデザインを1から10まですべてやっているわけではなく、彼らが作ろうとしているものをより高いところに持っていったり、目的地に運んであげられる環境づくりという役にここ数年徹している。この10年間、多くの人に求められ、実践し、自社事業意外にも多くのプロジェクトを実践、経験してきた。「新しく入ってくる社員や有福のプロジェクトに参画してくる仲間たちに、自分がしてもらったことをしてあげる意識が今の自分にはありますね。」と語る。

江津に衝撃をもたらしたゲストハウスYurusatoができた10年前。そこには多くの人が集い、新しい風が吹き、面白いコトがたくさん生まれた。10年経っても全く変わらない平下さんとスキモノのスピリットによって、きっと有福にも自然と新しい風が吹くのだろう。

 

 

 

(#04 完)