IWAMI BAKUSHU

石見麦酒

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「第2第3のクラフトビール仲間を石見地域に作りたい。」
〜レシピからブルワリーのノウハウをオープンに〜
目指せオクトーバーフェスト!街全体がブルワリー」。

GO GOTSU special interview #08
 

 

BREW(ブリュー)という言葉をご存知だろうか。

近年、クラフトビール市場が盛り上がりを見せている。クラフトビールとは「手工芸品(クラフト)」になぞらえて小規模ビール醸造所で精魂込めて造られたビールのことを指し、またこの小さな醸造所は”マイクロブルワリー(Micro Brewery)とも呼ばれている。

ビールはどのように作られているのかと聞かれれば、その答えは「発酵力」にあり、ブリューという言葉は野菜や果物を「菌」によって発酵させてつくる一連の製造プロセスを意味している。

2014年度に開催された江津市のビジネスプランコンテスト(以下、ビジコン)で大賞に輝いた山口厳雄(いつお)・梓(あずさ)夫妻が考えたプランは「江津の町にマイクロブルワリーをつくり、クラフトビールで地域を元気にする」ということだ。社名は株式会社 石見麦酒。2016年からは醸造所で生産ラインが稼働し、県内県外へと出荷がはじまった。

注目度が高まっているのは、 ただの「クラフトビール屋さん」の話ではなく、オリジナルのレシピで誰でもビールをオーダーできることに加え、マイクロブルワリーと起業のノウハウをオープンに提供している点だ。プロデュースを手掛ける山口厳雄さんは数年先までのビジネスプランを描いている。

地域資源を活かすアイデアや発想をクラフトビールづくりに見た。

 

 

杜氏になりたかった思いはその後、ビールづくりで開花した


 

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開業までの経緯を教えてください。

厳雄さん:もともと私は家業でもあった店舗改装や新築、家具づくりなどのリフォームや建築の仕事をしていました。もちろん今でも関わっていますが、何か新しく生み出せる仕事をしたいといつしか思うようになっていたんです。

遡れば、酒造りというか日本酒の杜氏になりたかったんです。 8年か9年前に家業を手伝うために浜田に移ってしばらくした頃にご縁があって「風のえんがわ」 のオーナーである多田さんに出会いました。カフェ開業の話があって多田さんをサポートすることになったんです。リフォームを一緒にやる中で多田さんがビジコンに出るという話があって。私も関わっていたわけですからこれは優勝してもらわないと、と思いました(笑。

その後もツリーハウスや蒔ストーブをつくったり、味噌の醸造をみんなでやったり、麹をつくったり、そこに子供の教育も合わせてきのこ狩りや食に関わる勉強会を開いていました。 こういうことから江津につながりができていったんですね。

あるとき、タルマーリーさん(※自家製酵母で有名な鳥取県智頭町のカフェベーカリー。ビールづくりも行っている。)の講演会があって、 そこでビールづくりの話をしていたんです。これはおもしろいと思って翌週にはタルマーリーさんのところに行って「おもしろいのでやってもいいですか?」と言っていましたね。

開発設備や仕様、かかる費用などについて色々教えてくれました。ビールや発泡酒の法律改正についても調べていくうちにビールづくりのことがたくさんわかってきました。

 

こうして山口夫妻はビールづくりの事業計画を立てていく。その後、2014年度のビジコンに出場し、大賞になったことをきっかけに「江津でクラフトビールを作る」というニュースが広まっていった。その当時のことを伺った。

 

厳雄さん:妻に「一緒に出てよ」と言って出場しました。今やっている建築の仕事も続けないといけないという気持ちもありつつ、新しいものづくりをやりたい、自分たちの事業を作りたい、だからぜひ協力してほしいということもお願いしました。当時、NHKで「マッサン」がやっていたのもちょうどよかったですね(笑。

梓さん:特に自分ではそんなにガンガンやっているような意識はなくて。夫が「こういう風にやっていこう」ということを綿密に計画しているのを側で見ながら私も手応えを感じていきました。何とかうまくやっていけるんじゃないかと、うっすら感じながらやっていましたね。

 

酒税法を知ることでむしろ「やる理由」が明確になってきた


 

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厳雄さん:酒という嗜好品をつくりたいというのがありました。ただし、日本酒は新規の免許が発行されないという税務署の方針があるんです。ワインも年間60竏(キロリットル)、どぶろくだって特区がなければ60竏の生産が義務付けられます。このハードルは設備的にもとても難しいんです。

あるとき、広島のクラフトビール専門店に行ったときに「ブリュードッグ(スコットランド)」 を初めて飲んだんですが、美味くて衝撃的でした。こんなものがつくれるのかと。ビールはそもそも自由なお酒で、何を入れてもいいし、アルコール度数も自由、色も自由なんです。

ただ日本の法律で縛られているんです。こんな自由なお酒ならあえて発泡酒をつくって、しかも制限は6竏、これなら寸胴鍋2つあればビールがつくれるぞ、と。そのヒントをタルマーリーさんからもらったんで、やることに決めました。 まあ酒なら何でもよかったんですがクラフトビールがおもしろいなと感じたんです。

最近のブームはいろいろなクラフトビールが飲めるイベントが広まったり、法律改正の中で王手がクラフトビールに着目していることもあると思います。節税目的や法の制限があることで「第2 第3のビール」というやり方をしていたこともあると思うんですが、最近は真のビールで勝負できるという市場が出来てきたことも大きいと思いますね。

 

2014年度のビジネスプランコンテストで大賞、そこで得たもの


 

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話をビジコンに戻した。ビジコンは大賞を狙うだけでなく、自分の起業プランを広く伝えることができる場としてのメリットも大きい。そうすることで様々な人脈や支援を得られるからだ。ビジコンを通じて感じた市民や行政の反応はどのようなものだったのだろうか。

 

梓さん:プレゼンは比較的落ち着いてできたと思います。

厳雄さん:出るからには勝ちたいな、と思っていました(笑。

梓さん:「これをやりたい」だけではなく、プランにストーリーを立てて、いろんな人を巻き込んでいけるようにすることや、インパクトを持たせるなどプレゼンのテクニックも大事だと思うので、それを考えてやりました。ビジコンのための勉強会を一緒にやってくれた友人もいます。

プレゼンのテーマとは別に「温かく迎えてくれたこの地域に恩返しがしたい」「そのためにはどうするか」を考えました。それがクラフトビールづくりなんです。

厳雄さん:島6事業(島根型6次産業推進事業)のときも市の方々が応援してくれました。そこまでし てくれるんだということを江津に感じました。行政のサポートがなければなかなかできなかったこともあります。はじめの頃はまわりの人も何してるの?という感じでしたが、だんだん変わっていきましたね。

梓さん:メディアに載った後はこれまで接する機会がない方とも会う機会が増えてきました。見えないところで宣伝してくださったり、「新聞に載ってた人?」とか「あの記事見たよ」「(誰々に)記事送っといたよ」といってもらえたり。嬉しかったですね。

厳雄さん:夫婦の強さはやっぱり腹を割って何でも話ができることですよね、何でも言える。もちろん色々ありますけど(笑。

梓さん:何もわからない人だと理解するのに時間がかかりますけど、夫婦なら特性がわかってるのでメリットはあると思います。

 

江津を「どんな酒でも造れる」”特区”にするというアイデア


 

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2016年からは「石見麦酒」として生産と販売がはじまった。市内のコンビニやスーパー、飲食店 など、日々至るところで商品を目にすることになる。たった一年で大きく変化しているように見えるが、この一年どのようなことが起きたのだろうか。

厳雄さん:当初は本当に造れるのかなと。ビールは法律上、サンプルができないんです。それが大変でしたし、もう飲みにいくしかない。なので東京のマイクロブルワリーに勉強に行きました。

そこはレシピもオープンでした。先ほど言ったブリュードッグなんかもネットに作り方が全部公開されて いるんです。ビールの味が都度ネットで勉強できる。それはよかったことです。温度管理や雑菌を抑えること、酵素反応などレシピどおりやれば理論上は同じものが造れるはず、とは思っていまし た。 菌を扱うのはもともと私たち夫婦は農芸化学科出身だったので少しですが、慣れているんです。

ビールと決める前は発酵食品全般を手掛けるようなビジネスも考えていたんですが、どういう設備をつくれば素人でも発酵食品が作れるのかといったことは、ある程度わかっていました。何十万円 もする発酵機を買わなくても自分で設備も作れるんです。

その応用がビールなんですよ。このビールの発酵機も日本でウチしかやっていませんでした。パンも作れるし、麹だって、高温投下する白味噌だって作れるんです。発酵や菌はおもしろいですが、その中で一番インパクトがあるのがビールだね、と。

 

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もっと先があって日本酒もどぶろくもこの延長で出来るんですよ。税徴収が不安定だから免許を簡単には出さないという方針・法律があって年間最低60竏の義務だなんて大きな資本を持っていなければとてもできません。実は小さな経営でもやっていけるんですよということをビールで証明できたら、次はどぶろくやワイン、その次はウィスキーとかやっていけるわけです。

幸い江津の町には酒メーカーがゼロですし、新規の6竏の醸造所に文句を言う人はいません(笑。 この町を日本のどんな酒でも作れるという「特区」にすればおもしろいんじゃないかと今、行政にも提案しています。夢みたいな話ですが、味噌とか発酵食品もよいのですが、インパクトがあるのはお酒だと思っています。

梓さん:自分たちが造ったものが陳列され、知らない人が買っていってくれるという現場を見たときにはやっぱり感動しましたね。苦労した点はパッケージのデザインに特化すると実用性が下がったり。和紙のラベルは結露に弱く、破れたり、剥がれたりしてしまいました。

販売店さんに迷惑をかけるわけにはいかないので今はしっかりやっています。はじめの頃は一枚一枚ナンバーの印を押していました。腱鞘炎になるんじゃないかと(笑。これは手作業でやっています。全部機械化できるわけではないんですよね。

厳雄さん:この一年で想定以上に進んだわけですが、世の中のスピードも関係しています。将来、醸造所を作りたいという人は多く、SNSの力やクラフトビールのブームなどによって加速しています。自分たちは背伸びしてそこに合わせているような感じです。

今、マイクロブルワリーを立ち上げたいという人がすごく多いですね。酒税法の中の発泡酒の位置づけでそれが可能になったことで一気に広がっています。大手メーカーや国税局も様々な制限はしてくるとは思いますが、法改定は水面下で進んでいます。

 

一社独占でなく、地域でオープンにやることこそマイクロブルワリーの魅力


 

石見麦酒としての事業は「自社のオリジナル商品」「ユーザー(お客さん)が自由なレシピでつくれるオーダービールの製造」「マイクロブルワリーのサポートとコンサルティング」「資材の販売(設備一式)」の4つだ。

実に興味深いビジネススキームを持っている。マイクロブルワリーのノウハウや設備の提供まで手掛けているので、参入したい人にとっては魅力的な会社だ。

厳雄さん:(相談や視察、ワークショップなどは)全国から来ますね。自社オリジナル商品はもちろん事業の柱です。特注ビール、自分のお酒をつくりたいというニーズは高く、大手や中堅メーカーではなかなかできない。それは個人支援に可能性があるということをやる前から気付いていたんです。

そこはやりたかったことです。東京に毎週100リットル買ってくれるお得意さんがいますが、 そこで飲まれた方が「ウチも欲しい」と来るんです。

梓さん:私は雑多なことをやっています。会合とかイベントごととか。やることはたくさんあります。 ラベルやデザイン全般的な打ち合わせなど商品のディレクションもやっています。イベント出展は昨年より今年、今年より来年と機会を増やしてやっていこうと思います。知名度や生産量と並行して仕組みを考えています。

江津は夢を叫んだら誰かが協力してくれたり、行政、民間関わらず反応を起こしてくれます。絡みたい人や純粋に応援したい人がいっぱいいる。これがしたい、あれがしたい、を外に言うだけでスムーズになると思います。江津はみんなほっとかないですよね。

”創造力”ってなにかを常に楽しもうとする心だと思います。小さなことでも楽しくっていう気持ちを持って取り組み、どうやったら面白いだろうということを毎日考えています。

ビジコンで話しましたが、第2第3のクラフトビール仲間をつくりたいんです。オクトーバーフェストを開催するために。ワインかも知れないし、日本酒かも知れませんが、そういう仲間が石見に増えたらいいなと思うん です。

厳雄さん:やりたい人があらわれたら全力でサポートしますよ。一社独占ではなく、同じビールでもいろんな選択肢があるほうがいいんです。マイクロだから年間の生産量は決まっています。みんなで作り合えるからいいんです。他の地域ではすでに出来ているし、動いています。

石見でもう一軒つくるのが当面の目標ですね。ここは市と相談しながらやりたいです。それができるのも江津のよいところ。「あそこはクラフトビールの町」と言ってもらえたらうれしいですね。

 

すでに発酵から学ぶビールづくりのワークショップを開催したり、県内県外から石見麦酒の醸造所の視察ツアーがあったりと全国各地から注目を浴びている。ワークショップはすぐに定員に達するほどの人気っぷりだ。実際にマイクロブルワリーを見てみるとその規模感に驚く。厳雄さんのロジカルな発想は強力で、梓さんも非常に前向きで明るく元気な方だ。

石見麦酒の挑戦はまだはじまったばかりだが、このまちの未来の可能性を広げはじめていることは間違いない。

 

GO GOTSU! special interview #08 / IWAMI BAKUSHU