Reboot! ARIFUKU! #01

川中英章さん(有福温泉振興会 会長 / 株式会社EVENTOS・代表取締役)
写真・文 戸田 耕一郎(GOGOTSU.JP 編集部)

【新連載】有福に福音!?広島からやってきたイタリアンレストラン「有福 BIANCO」。再起動に向け編成された「有福温泉振興会」の会長にも任命された川中英章氏が説く“幸せのリーダーシップ”

 

「座して死を待つよりは、出て活路を見出さん」
島根県江津市有福温泉町。言わずと知れた、江津に古くから存在している温泉街だ。 今、有福温泉が「再起動」をかけて大きく動き出している。GOGOTSU.JP 編集部による「有福、今どうなってる?」をお届けする新連載、スタート。

 

 

 

町のセントラルキッチンになって、有福とともに歩もう。「パーティー屋さん」のわたしがここに拠点を持つまで

 

2021年、有福再生に向け、町内の観光業を推進する事業者を中心に、外部からの参画もあり「有福温泉振興会」というプロジェクトチームが立ち上がった。副会長に「三階旅館」の伊田光雄氏、「SUKIMONO(株)」の平下茂親氏が就任した。他に「旅館ぬしや」の三宅大功氏、「温泉リゾート風の国」の大塚泰造氏、「旧樋口旅館・旧有福カフェ」の久村尚弥氏、「旅館よしだや」の佐々木美弥子氏が名を連ねている。そして会長に就任したのが株式会社EVENTOS(以下、イベントス)の代表取締役・川中英章氏だ。

かつて有福温泉入口にあった「落合商店」はお土産商店だった。立地的には「有福の顔」と言える場所だ。新型コロナウィルスの影響で休業中だったこの物件に、2021年10月初旬、イタリアンレストラン「有福BIANCO」(以下、ビアンコ)がオープンした。運営会社がイベントスである。同社はケータリングサービスから産直市、飲食店を展開している広島の会社だ。またビアンコの斜向かいにはワインショップ「グラン・ヴァン18区 有福店」も同時にオープンした。

 


「有福には過去に何度か来たことがありました。私は、温泉とワインが好きで、その時間が至福のひとときです。新型コロナウイルスの影響で本業であるパーティイベントやケータリング事業は大きな影響を受けました。結婚式なども含めて数百件のキャンセルです。
広島の人たちの動きを見ていると、郊外で遊びはじめていましたし、行動に変化が見られますね。会社としても今後の事業展開を考える必要性を感じていたときに、山陰合同銀行や江津市の方々と話す機会がありました。そこで有福の話になったときに、飲食の事業展開の提案を受けました。可能性を感じた私は『すぐに動くならやります』とお伝えしました。その後、銀行も市役所のみなさんもすぐに行動に移してくれました。そして、私はここに拠点を持つと決意しました。」

 

イベントスは農村活性化という事業観点を持っている。市街地から外れた広島市の北部に産直市「oishi吉山」をつくり、飲食店「吉山BIANCO」をオープンさせ、地域の新鮮野菜の美味しさを全国のお客様に提供してきた。現在は周囲に飲食店が増え、移住者も増えたことが評価され、2020年、経済産業省から「地域未来牽引企業」に選定されるに至った。2021年に島根に本格進出し、同年7月、浜田市の「島根お魚市場」2階フードコート内にパスタ専門店「港のBIANCO」がオープン。パスタの他、海鮮を使ったパエリアが楽しめる。

これまで実践で培ってきた方法論は自社の強みであり、財産だ。しかし、その土地にはその土地ならではの風土があり、有福も他ならない。ビアンコをオープンさせるにあたり、川中氏は数ヶ月間、有福の町で暮らしながら住民に様々なヒアリングを行った。すべての宿屋が料理人を常時雇用することは容易ではなく、自力で食事を提供することが難しいことを知る。想像以上に疲弊している温泉街と感じる一方、こういった情報は店舗設計の貴重なヒントになった。80人ほどが有福に泊まったと仮定し、半分がビアンコに来店した場合、40席は必要な設計にしておいたほうがいいだろう、といった具合だ。

 

 

イベントスの強みは川中氏の言葉そのままに「パーティー屋さん」であることだ。もし将来的にすべての宿屋が食事を提供できないことになったとしても、一括して引き受けることができるノウハウやリソースを持っている。大人数の宴会対応もお手のものだ。これこそが「セントラルキッチン」という機能であり、「集落のフロント」を目指すイベントスが描いているポジションである。川中氏が大事に思っているのは「周囲にそう思ってもらえる存在になること」であって、決して利己的なことを考えているわけでない。農村活性化事業の肝が周囲との共存であることを十分過ぎるほど熟知しているのである。

また、「夜でも明るい光の中で人が動いている様子が見えたらいい」という町民の声を忘れることはなかった。できるだけガラスを大きく、広く使い、店内が見えるような設計を優先させた。まるで町の真ん中にライトが灯ったようだ。

フランスが発祥と言われる「オーベルジュ」は宿泊できるレストランの形態を指す。訳すと旅籠(はたご)。有福においても「すぐ隣に宿屋さんがあるわけですから『帰らなくてもいいレストラン』というコンセプトは初めからありました。」と川中氏は言う。温泉機能と共存できるスタイルでビアンコは初期設計がなされている。そもそも有福温泉の魅力は町内すべて徒歩でアクセスできる規模感にある。

 

 

「自分の歴史は自分でつくる」という社員教育が、自らを振興会の会長に奮い立たせた

 

イベントスには「自分の歴史は自分でつくる」という社員教育の概念がある。これはユネスコの学習権宣言にあるものだ。宣言には「学習権とは、読み書きの権利であり、問い続け、深く考える権利であり、想像し、創造する権利であり、自分自身の世界を読みとり、歴史をつづる権利であり、あらゆる教育の手だてを得る権利であり、個人的・集団的力量を発達させる権利である」とある。これらを事業指針に置き換えれば、町の声を聞きながら自社の利益追求だけではなく、有福全体にとっての最善策が何かを考え、経営者としての責任を持ちながら学び続けていこうという姿勢だ。そう考えた川中氏は自ら有福温泉振興会の会長職に手を挙げた。

アイデアがすぐに形になるということは早々にない。振興会の会合の中で具体的な事業プランやコンテンツをつくろうとする前に「今後、有福にどういう未来があるのか」「なにを大切に考えて運営していくか」といったコンセプトづくりと考え方のコンセンサスをとることに時間を割いた。そこで自社で「自分の歴史は自分でつくる」ことをなぜ大切にしているのかを振興会の中で伝えていったという。

その結果、会の運営理念として「わたしたちはここで生きていく」というコンセプトが生まれた。大切なことはふたつ。一つ目に、「振興会の我々自身がやり甲斐を感じれるようになること」。二つ目は、「未来に不安を感じずに明るく生きていけるようになること」だ。この二つがあれば人(観光客)は必ずまたやって来てくれると信じ、皆で決めた。

 

「有福温泉はたしかに時代に取り残されたのかも知れません。変化を恐れた。理由は自然災害や火災や今ならコロナかも知れませんし、あるいは浜田道の影響など色々あるでしょう。それでもターニングポイントを感じたときにこそ、自分達はどう対応し、どう変わっていくのかを考えなければいけません。そこを怠ってしまった。常に視野を広く持ち、誰からでも素直に学ぶ。振興会ではこれからはそうありたいと思っています。

イベントスでは『幸せのリーダーシップ』という考え方を社内でもっています。自分達自身が今やっていることにやり甲斐を感じれるようになること。誰よりも幸せになって魅せること。みんなでやろうという考え方はもちろん大切ですが、自分を信じられる自分であることが一番大切だと考えているんです。」

 

有福を「学べる集落に」というアイデア。2025年にはどうにかひとつカタチを作りたい

 

 

温泉には自然に湧き出している温泉と、人工的にポンプを使って汲み上げている温泉の2パターンがある。また、1分間に採取できる湯量のことを湧出量と言う。自然に湧き出る湧出量だけを見た場合の日本一は草津温泉(群馬県)で、日本で一番の湧出量を誇るのはご存知、別府温泉(大分県)だ。別府温泉の湧出量は毎分約83,000リットルと言われる。現在の有福は毎分あたり70リットル程度だと聞けば、いかに湯量が乏しい温泉街かわかるだろう。 自然に依存するものとはいえ、温泉を観光資源にしている以上、今後は湯量の確保や新しい熱水泉を見つけることが課題となる。

しかし、温泉に関する県の条例や、土地の権利に関わることも多く複雑で、簡単にあれやこれやと進めにくい現状がある。地域全体の合意や理解が重要であり、振興会を中心に様々なコミュニケーション力や実践力が問われることになる。 川中氏は江津の財産であり、江津に来る人への観光資源を活用する仕組みづくりに向けて今、真摯に取り組んでいる。有福温泉が観光産業の復興を取り戻し、曰く「サステナブルな集落」になるには、5年、10年、それ以上に時間が必要だろう。

 

「『学びの集落』にしていきたいと考えています。人は生涯学び続けるもの。自然や人、町を通じて、いくらでも学びは存在します。また、江津には七田式で有名な株式会社しちだ・教育研究所やはなまる日本語学校、森のようちえんを運営している里山子ども園わたぼうしなど独自の教育理念を掲げる団体や組織があります。そういう方々と協業したり、宿屋で昔話や石見の歴史の講座をやったり、本明山を登って日本海を眺めてもらったり、アイデアは尽きません。様々な地域のアクティビティを活かしてプログラム化し、2025年くらいには一定のカタチを出したいと思っています。」

 

 

「広島ではここで見るような大きなムカデなんていないけど、女子は部屋に出たムカデを見てギャーギャー言ってますよ。夜は暗くて足元や景色が見えないからが怖い、とかね。そういうの聞いて私は宥めたり、面白がったりしてますよ。(笑)でもね、社員みんな、仕事はよくがんばっています。」

 

仕事の本質とは「困りごとの解決業」である。これが有福再生でのモチベーション

 

ビアンコの店舗入口上を見ると、そこにはSDGsのロゴがあった。そして目標8と目標11が掲げられている。最近、至るところで目にするようになったSDGs。ご存知の通り、「2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標」である。

「働きがいも経済成長も」と記される目標8には「包摂的かつ持続可能な経済成⻑及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用 (ディーセント・ワーク)を促進する」というテーマがある。「包摂的」はインクルージョンという国際的なトレンドワードであり、時代を象徴する国際的なキーワードになっている。企業内の誰にでも仕事に参画・貢献するチャンスがあり、平等に機会が与えられた状態のことを指す言葉であり、最近では「働きがい」は特に重視される価値観として定着してきた。また、目標11は「住み続けられるまちづくりを」とあり、「包摂的で安全かつ強靱(レジリエント)で持続可能な都市及び人間居住を実現する」ことをテーマにしている。

 

 

今回、ビアンコをオープンするにあたり、5人の社員が有福に移住している。川中氏は「働き方改革が叫ばれていますが、その前には『働きがい改革』つまり、社会に役立つという誇りを個人が感じれることが大切だ」と強調する。そこに人が「今、自分は生きている」と感じることができるからだ。これは働く者が得られる経済対価と同等に重要な価値観である。

イベントスが社員とともに得る「働きがい」は自社へのメッセージであると同時に、今後、有福再生を担い、ともにこの町をより良くしようと働く者への川中氏の強いメッセージでもある。そして11番が示す「持続可能な居住空間づくり」は言葉のとおり有福の町の存続への願いが込められている。高齢化し、若者は土地を離れてしまう傾向を止めることはできないが、それでもこの土地で暮らす者たちが誇れるまちづくりとは一体何なのかを川中氏は問い続けている。

「有福の地域から当てにされる存在になりたい」と川中氏はいう。安心して暮らしていける町、町に住む人たち同士が見守りあえる地域社会の実現。それが実現されることで生まれるのは自社で働く社員にとって「生きがい」であることに確信を持っている。振興会に生まれたコンセプトが「わたしたちはここで生きていく」であることが十分頷ける。

江津市も人口減少が進む町、楽とは言えない環境の中で、精一杯やってくれていると川中氏は言う。有福温泉は江津の町にとっても大きな地域産業である。市としての使命がそうさせているとはいえ、江津市民にとってもこの有福再生は他人事ではないはずだ。

 

 

江津市の職員方々の「私たちは裏側から、市民が少しでも活動しやすい道をつくるのが仕事」という主旨の発言をよく耳にする。そういう町であることも伝えていかねば、というのも本サイトで連載企画をした理由のひとつである。やるべき理由をもった事業者とともにはじまった有福温泉振興会。そしてできる限りの精一杯のサポートを約束している江津市のこれからをしっかり追っていく。

「2024年には有福に移住者をひとりつくりたい。」「今の時代だと、ひとりの女性でもいいですよね。そこに憧れる男性がいたり。そこをまずはやりたいです。」ジェンダーギャップや格差問題、女性の社会進出が大いに歓迎される時代に共感する川中氏らしい目標だ。

 

「仕事って言い換えると『困りごとの解決業』なんですよね。困ってる人が多ければ多いほどご褒美が大きくなりますし、大して困っていないことを解決してもそのご褒美は『おこづかい』にしかならない。有福の再生のプロジェクトは明らかに困っている人が多いものですし、そこにやりがいを感じます。」

 

イベントスは新卒採用7割の会社という特徴を持っており、そこで料理人など専門性がもてるような社員教育を行っている。「フロム・ファーム・トゥ・テーブル(農園から食卓まで)」というコンセプトを掲げ、未来に向けて明るく働ける職場づくりを目指す。言葉でいうのは容易いが、川中氏がまずもって前向きで明るい。川中氏とともに「集落のフロント」であろうとするビアンコは今後、町の玄関となり、あらゆる人や情報が集まり交わる、有福の新しい交差点になるだろう。

 

(#01 完)