KURANIWA
蔵 庭
庭に囲まれた古民家で、カフェとベーカリーが融合。
食に想いを持つ2組の出会いが、
世界にひとつしかない空間「蔵庭」を生んだ。
GO GOTSU special interview #02
江津は、広島方面からのドライブの目的地としても知られている。五日市ICから約1時間半。美しい海やそこに沈む夕陽、あるいは水族館や温泉で彩られるドライブルートに、最近、新しい楽しみが加わっている。山あいに佇む古民家をリノベーションして創られた、気持ちのいいカフェが増えているのだ。
大きな縁側で地元食材を使ったランチが楽しめる「風のえんがわ」や昭和30年代の長屋をオリエンタルな雰囲気に生まれ変わらせた「豆茶香」、温泉街の中で竹炭コーヒーや鮮魚イタリアンが味わえる「有福Cafe」等に並んで、いま人気を集めているのが今回紹介する「蔵庭」だ。
店名の由来でもある「蔵」と「和庭園」が印象的な大きな古民家。その一角をリノベーションした空間に、戸田耕一郎さんと奥さまの望さんが営む「ベジタブルキッチン kuraniwa」と、峠土純子さんが経営する「ベーカリーショップ tsumugi(紬麦)」とが同居している。
「参加型ワークショップ」で古民家をリノベーション
▲2015年5月に行われた改修工事をイベント化したリノベーションキャンプ。(全9日間)県内だけでなく、県外からも参加者が集まった。監修はデザインオフィスSUKIMONO。
大きな庭の中をくねくねと歩くアプローチ。流木を組み合わせてつくられた立て看板。無数の木の棒で飾られ不思議な表情を見せる玄関。古民家で使われていた和箪笥の引き出しがパンの陳列棚として使われていたり、同じく古民家にあった古い陶器の破片からつくられたモザイクタイルがカウンターや天井を飾っていたり。
来るだけでワクワクするような空間デザインは、地元のデザインオフィスSUKIMONOのディレクションのもと、地域に暮らすみなさんや戸田さん、峠土さんの知人・友人など多くの人々が参加する「リノベーション・キャンプ」というワークショップ型のイベントを通じて創り上げられたもの。
心地よい空気の中で、ベジタブルキッチンとベーカリーショップが調和する不思議な空間は、どんな経緯でつくられたのだろうか。
国産小麦と地元野菜。日常的に足を運んでもらえるパン屋さんを
峠土さんは、もともとは広島出身。江津市の隣、浜田市役所に勤めた後、広島県内の有名ベーカリーで修行すること約10年。念願をかなえ、2015年に江津で自分の店を開くこととなった。
峠土さん:tsumugiは、国産小麦と地元野菜を使った安心安全なパンを提供するお店です。江津にはあまりないハード系のパンを充実させています。お年寄りのお客さまも多いのでお米生地を使ったアンパンを用意したり、いい野菜がたくさん採れるのでそれをたくさん使ったパンをつくったり、約30種類くらいのパンを並べています。パンは日常的に食べられるものなので、お客さまに何回も足を運んでいただけるパン屋を開きたいな、と。
ここに来ると心身のバランスが良くなっていく、そんな場所にしたい
一方、kuraniwaのコンセプトについて、また、この地で店をひらいた理由について、戸田夫妻は次のように語る。
耕一郎さん:kuraniwaは、私たち夫婦の“体にいいものを食べたいね”という想いから始まっています。ここに来ると心身のバランスが良くなっていく。そんな場所にしたい。「食」のほかに、「地域」「心身」がテーマです。地域にあるものを大切にしたいですし、ここを地域コミュニティの拠点にしたい、皆に来てもらいたいと思っています。
望さん:東京の飲食店で働いていたんですが、いつか自分の店を持ちたいと思っていました。だんだんそれが“東京ではなく自分の地元の島根で…”という気持ちになって。きっかけになったのは、東日本大震災と、子どもができたことでした。子どもを大切にしながらのライフスタイルを組み立てたいと思うようになって。
一人の人との出会いで人生が大きく変わる
そんな峠土さんと戸田夫妻は、どんなきっかけで同じ空間に店を構えることになったのだろうか。
峠土さん:浜田市で物件を探していたんですが、なかなかいい物件が見つからず。そんなある日に(UIターン移住・起業の先輩である)dodo-ichiの大西佐和子さんに会いに行ったんです。そしたら、たまたま私が会う前日に、戸田さん夫妻が大西さんのもとを訪ねられたそうで、大西さんからの「連絡をとってみて」という勧めがあって。
あまり自分から連絡をとる方ではないんですが「戸田さん夫妻が何か面白いことをやろうとしている」というところに引っかかって。何回かメールでやりとりをし、会うことになって。お互いのやりたいことをいろいろ話し合って「じゃあ一緒に何かできたらいいね」と。
望さん:何でもいいので一つ行動すると、そこから一気に広がることがあります。あの人に会ってみたいなと思ったら会えるのが田舎の良さ。一人の人との出会いで人生が大きく変わると思います。私は「蔵庭」でそれを経験しました。UIターンを検討している人にも「思ったら行動に移したらいいよ」と伝えたいですね。
食事を摂ったときの体の反応を楽しんでほしい
仕事の紹介をお願いします。
耕一郎さん:蔵庭の責任者ですが、個人で仕事をやっています。ウェブ・広告・映像・文章といったウェブコンテンツの制作を仕事にしています。主催しているフードフェスもありますし、今はドローンにはまっています。好きなことばかりやっていますが、こういう自分の仕事を当然蔵庭でも活かしています。
望さん:私はお店の料理担当です。カフェは週末のみ営業ですが、それ以外の日も私が店にいるときはドリンクだけサーブして、tsumugiのお客様にも店内で召し上がっていただけるようにしています。植物性のお菓子を作って駅前の店で売ってもらったりもしています。食事を摂ったときの体の反応を楽しんでほしいと思います。この店で提供している食に興味を持ったら家でもやってみてほしいですね。あと、お店は古民家をみんなで改装したので、内装やキレイな庭があるところも見ていただきたいです。
お店をオープンしての感想、やりがいはありますか。
耕一郎さん:オープンまでの約5カ月に仕掛けたことが反応として返ってくることが面白いですね。大々的な宣伝はやらなかったんですが、地域のクチコミの力はすごいですね。オープン日は本当にたくさんの人が来てくださいました。
望さん:私も、たくさんの人が来てくださったのが嬉しかったですね。宣伝していなかった層の人も来てくれてビックリしました。お店の改装を手伝ってくれた人が店に入って「あの建物がこんなふうになったんだ!」と驚かれる反応をみるのも楽しいですね。
4日間の劇的な出会い。周りに応援してくれる人がいる
お二人の江津へ移住するまでの経緯はどんなものだったのでしょう。
耕一郎さん:僕は東京・八王子出身で大学生、サラリーマン時代も都内でした。僕が35歳のときに父が他界して、そのころに吹っ切れたことがあって。「人はいつかは死ぬ。思いっきり好きに自由に生きよう」と。
望さん:私は浜田市出身で高校まで浜田市で育ちました。大阪の大学を出たあと、服飾の専門学校に通って、24歳で結婚。そのあと東京に出て、飲食店に勤務しました。高校までは大阪に出たくて仕方なかったですね。地元愛はあるけど、地元で働くことは考えていませんでした。
島根に行こうと思ったきっかけは何だったのでしょう。
耕一郎さん:盆と正月に妻の実家のある浜田市に帰っていました。そのうち、ただ来て帰るだけではもったいない、こっちでも仕事がつくれるのでは、と思うようになって。パソコンでできる仕事は島根でもできるじゃないですか、今の時代って。イベントの準備などで帰らなければならないときは東京へ。そんなライフスタイルができるんじゃないか、と。実際に今、東京の仕事もやっています。
いわゆる、ダブルプレイスとか二拠点居住、ってやつですね。当時はそれを模索していたこともあって、2013年の12月に島根に1か月半滞在してみたんです。その時、自然のものを扱っている飲食店を探していて、ちょうどその中で、大西佐和子さんのお店dodo-ichiがあったんです。大西さんといろいろ話をしていたら、SUKIMONOやゲストハウスYurusatoの人たちのことを聞いて、すぐに会わせてもらいました。
のちのち知ったんですが、彼らは街のキーマンだったんです。その時に江津の「人」に惹きつけられました。彼らとは滞在1か月半の間のたった4日で出会ったんですけど、劇的な出会いでしたね。もしその人たちとの出会いがなければ、得られるものがないなと思って東京に戻っていたかもしれません。
(決定的に腹をくくったのは)2015年のGW頃のリノベーション・キャンプの時かなぁ。でかいハンマーで土壁をぶっ叩いたときに、「ああ、始まるんだな」と。スイッチが入ったというか、「やめます」とはとても言えませんでした(笑)。それに、今が一番の働き盛りですし、やれるときにやりたいんです。若い時に田舎に住んで、年を取ったら都会に住む方が合理的だと僕は思います。無茶できるのが30代から40代。そもそも僕は勝手にやってしまうタイプなので、自分でやると決めたらやるしかないと思っています。
支えがあるから「やれる!」とモチベーションが上がっていく
江津で働くメリットはどんなところにあると思いますか。
耕一郎さん:自ら発信することですね。受け身よりも、地方に行けばいくほど自分のやりたいことや考えを伝えていくことができるし、伝わると思います。1か月半滞在したとき、最初の4日間で新しく100人くらいとfacebookでつながったんですよ。なんて小さい街なんだ、と(笑)。
で、面白いことを知りたいんでいろいろ教えてくださいって言ったら、1日に何件もイベント通知が来て。仲良くなりたいと思ったら仲良くなれる街。だからこそ手を挙げることが大事だと思います。
望さん:サポートがとても充実していると感じます。県や市、NPOの人たちがすごく助けてくれるし、動きもすごく早いです。相談したことがすぐに返ってくるので。それがこのカフェがすぐオープンできた理由にもなっていると思います。そういう支えがあると、私たちも「やれる!」というようにモチベーションが上がっていきますね。
「美味しいからもう一回来ちゃった」1日に2度来店する人も
お店をオープンして、手応えはいかがですか。
峠土さん:想像以上に期待が大きかったんだなと感じています。オープン日はお客様の車でいっぱいになって。「美味しいからもう一回来ちゃった」と言って1日に2度来店してくださった方もいて。自分の店で自分がつくったものに対して、喜んでもらえるのが嬉しいです。
看板メニューはありますか。
峠土さん:何を看板メニューにするか、今悩んでいるところです。こちらからお勧めするというよりも、お客様が好きなパンが看板メニューなのかな、と思います。今はまだ、特にこれ、というものをつくっていません。師匠からは「あのお店に行ったらこれ、と言われるような看板商品をつくれ」と言われていますので、何かカタチにはしたいですね。
「この仕事をこのまま続けていいのだろうか」…自分の好きなことをやろう!
これまでのご経歴を教えてください。
峠土さん:出身は広島です。4歳のときに浜田へ引っ越して18歳まで浜田、高校卒業後は岡山の短大に進学しました。短大を卒業して30歳まで浜田市役所に9年間勤務、退職後40歳までパン屋で修業しました。
浜田市役所時代に「この仕事をこのまま続けていいのだろうか」ということを考えるようになったんです。もともとパンが好きで、市役所内で退職制度があったこともあって、自分の好きなことをやろうと思いました。パンの仕事をするために専門学校にも通おうと思ったんですが、年齢のこともあって「学校に行っても就職先がない」と言われてしまって。修業ができるお店を探していたら広島にあったので、そこに受け入れていただき、10年間修業しました。
できれば早く、5年くらいと思っていましたが甘くはありませんでした。想像以上に時間がかかりましたね。でも、10年くらいお店にいると、店のことをいろいろやらせてもらえました。なので、10年経った頃には店のことはある程度経験して自分で出来るようになったな、という感覚はありました。副店長になったときに、そろそろタイミングかな、と。もっと若ければ他のお店でも修業ができたかもしれませんが、年齢的なこともあるし、パン屋は朝早くて夜遅い仕事なので体力的にもキツくて、このタイミングで独立しようと思いました。
ビジネスプランコンテストを通じて、地域とのつながりをつくる
戸田さん夫妻と一緒にやろうとなった後、どんなふうに話が展開していったのですか?
峠土さん:そのころ私はまだ広島で修業中だったので、なかなか島根に行くことができず、島根とのつながりもあまりつくれていなかったんです。そんなときに、江津市のビジネスプランコンテストGo-Conに出ることになったんです。
はじめは応募する気はありませんでした。たまたま江津に行くことがあって、職場のお土産に江津の農家さんの野菜を買いに行ったら、そこで「風のえんがわ」の多田さんにお会いして「Go-Conに出ればいいじゃん!」と言われて。それが応募の〆切5日前で、その時は出そうと思わなかったんですが、2日経ってやっぱり出そうと思い直しました。
募集要項には、応募者に対して市やNPOや商工会議所などからのバックアップがあることが書かれていたんです。その時は島根でのつながりがほとんどなかったので、そういった支援が受けられるといいな、って。Go-Conに出れば、自分のやりたいことが伝えられるし、最終審査にはたくさん人がきて、その場でたくさんつながることができると思いました。
はじめに考えていたプランは、“江津で小麦を育ててパンをつくる”という内容だったんですが、相談に行った市役所の担当者さんから「プランが壮大すぎるから、もっと自分のできることに焦点を当てて考えてみたら」とアドバイスをもらって、“江津で育てられた小麦を使ったパンをつくる”という内容で応募しました。それが一次審査を通過して、最終選考で大賞は逃しましたが、その後はさらにいろいろな人を紹介してもらったり、金融機関から融資を受けたりすることができました。その時には蔵庭でパン屋をやることも決まっていて、応募前から戸田さんにはいろいろ手伝っていただいて、プレゼン資料の作成もかなり助けていただきました。
あとは自分でどれだけ地域に入っていけるか
江津に対するイメージは。
峠土さん:江津はいい意味で世話を焼く、親切な人が多いと思います。この地域(江津)からみれば、(浜田出身の)私はよそ者なのですが、地域によそ者が来るとすぐに良いイメージを持たれることはあまりないと思うんです。けれど、江津はそういったことがないですね。それはtsumugiを始めて感じたことです。江津の受け入れ態勢は本当にすごい。
あとは自分でどれだけ地域に入っていけるかだと思います。挨拶や礼儀といった基本的なことはとても大切ですね。どれだけ能力が高くても、そういった基本をおろそかにしてはいけないなと思っています。
GO GOTSU! special interview #02 / KURANIWA